・・(BLUE AIR MESSAGE)・・

神戸駅に着いたのは、夕暮れだった。
平日の夕方と言う事もあり、出迎えはすぐに見つけることが出来た。

「おう、久しぶり」

ヨレヨレのコートを着た強面の中年男が、もっとも俺だって同じように歳を重ねているわけだが、寄ってきた。

「元気か?」

「当たり前だろ………」

と、ざっくりとした髪の下の顔がニッと笑う。


「俺たちゃ、体が資本の商売なんだからな」

その言葉に笑い合う。

「これ、土産だ」

俺は持って来た紙袋を渡す。

「お、東京銘菓のヒヨコか……悪いな」
「バカ、おめぇじゃねぇよ。お前の世話をしている可哀想な後輩へだ」

そんなどうでもいい話をしながら、俺たちはタクシーを拾った。
友人は、神戸の色々な場所を手短に案内してくれた。
寂れたバーへ入る。



「乾杯」

男二人。
カウンターでウィスキーの入ったガラスを合わせる。
カランッと氷が鳴る。
それを一気に飲み干す。

「ぱぁあ、うめぇ」

今、俺の隣で無防備にウィスキーを傾ける男が神戸きっての敏腕刑事だと誰が思うのだろうか。
もしかしたら、逆の犯罪者と思われてもおかしくない。

しかし、彼の解決した事件は俺のいる本庁でも噂にあがるほどである。文字通り、『能ある鷹』である。

「……おい、どうした」
「うん?」

無駄話と思考の海から脱したのは友人の言葉であった。既にボトルの何本かは空になっている。

「時間、大丈夫か?」

腕時計を見る。
すでに、午前様である。当然、帰る電車なぞ無い。

とりあえず、俺たちは勘定を出して店に出る。
携帯電話で、まず東京の家族に連絡。妻からの愚痴を『お土産』と『今度、映画を観に連れて行く』という条件で静める。

「既婚者はつれぇなぁ」
熟柿臭い息で友は閑散とした街中で笑った。

「結婚、しないのか?」
「……あん?」

最初は冗談めかそうとしたようだが俺の目線に感じたようで顔をやや引き締めた。

「こんな仕事だ、付き合う事だってままならないんだぜ…………キャリアにはわからねぇだろうが、こう言う仕事をしていると本当に家族というものがいいのか時々分からなくなって怖くなってくるんだよ」


空気の音さえ聞こえるような、重い静寂が包む。

「ところで、どうする?」

トーンを変えるように友は聞いてきた。

「何を?」
「泊まる場所」

困る俺に、友は「いいホテルがあるぜ」と言ってきた。


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無機質な電子音。

夢を見る暇も無い。

気だるい体を機械の始動の様に徐々に動かす。
古い友人の言った『いいホテル』は彼のいる警察署の宿直室とは………

しかし、愚痴ばかりも言っていられない。
今日の正午までに東京に戻らないと会議に遅れてしまう。
枕元の目覚し時計は朝四時を指している。
ここから始発の新幹線を乗り継いでギリギリだろう。

簡易ベッドから降りるとサイドボードによくプレスされた俺のスーツとシャツがハンガーにかけてあった。


  −あいつは、いつから、こんな細やかな心遣いが出来る大人になったのか?


不意に、昨日の言葉を思い出した。


『こう言う仕事をしていると本当に家族というものがいいのか時々分からなくなって怖くなってくるんだよ』


それでいいのか?
お前は、本当に淋しくないのか?
辛くないか?
みんな、お前の言動や外観だけで『強い』というイメージを持っている。
けれど、そういう自分を作らなければお前は哀しみに押しつぶされる。
本当のお前は……………

本人が聞いたら、苦笑いをするだろうか?

『もう少し、周りを信頼しろ。大馬鹿野郎!!!』
これに思いを終止させ、俺は上着を羽織った。

あいつのいる課は…………
そこは宿直室から近く、迷うことなくドアの前に立つ。
ノックもなしに無遠慮にドアを開けると、俺は驚いた。
友はソファーに座って寝ていた。

目を見張ったのは、彼が身を預けているところ。

横で捜査資料の整理をしている若者の肩なのだ。
その寝顔は、恐れも恐怖もなく、ただ陽だまりの中で寝る子猫のようだ。
長い付き合いだが、こんな顔を見たのは後にも先にもないだろう。

と、若者が俺に気がついた。


「あ、どうも。ボスからお土産、頂きました。ありがとうございます」

ボスだって?
そうか。こいつ、ボスって呼ばれているんだ。

「君が、アイロンを掛けてくれたの?」
「ボスのもやっているので、ついでに……」

そうだろうなぁ。
こいつが、こんな細かい心遣いするようになったら奇跡だ。

彼は自己紹介をしてくれるが俺は心の中で笑いをかみ締めるのに精一杯だ。

「ほら、ボス………」

若者、ヤスと呼ばれている、が肩を揺り動かす。
すると、友人はのっそりと起きた。

「あ、おはよう………って時間か。途中、飯でも……」

そう言いながら移動する準備をする彼の姿で俺はホッとした。

よかった。
こいつは、もう、一人じゃないんだ。


  −今度は三人で飲みに行きましょう。


ヤスの笑顔に見送られながら俺たちは、署を出た。



神戸駅の新幹線乗り場。
「今度、お前の名義で釘煮(神戸名物のお惣菜)でも送るよ」
「頼むぜ」

ほどなく、新幹線が音も無くホームに滑り込む。

  −今度は東京に来いよ。
  −ああ、ヤスもつれて……だろ?

そんな約束をして、俺は新幹線に乗り込んだ。

『よかったな。お前も一人じゃないんだな』

ゆっくり動く風景へドア越しに眺めつつ俺は、大いなる安堵感と小さな嫉妬を覚えた。



それから、数ヵ月後。

俺は、各紙の新聞に掲載された連続殺人事件を知って約束は果たされない事を知るのである。






by N様
ちょっとした機会があって頂いた人様のSSですー。うちのとはまた風味が違いますな。ありがとうございましたv