昼は昼なりに、夜は夜なりに。 きらびやかなイルミネーションが夕刻の空を照らす。足を運んだその場所は賑やかで活気に満ちた繁華街。新開地は県庁から少し離れているが時々足を運んでいるのだろうか上司の足取りは軽く慣れていた。機嫌もすごぶる良さげに見える。 「朝は気だるそうな顔してたくせに・・・。」 後ろをついて歩く部下から深い溜息が漏れる。 別にそれで仕事中怠慢だ、という事はないのだがテンションの上下は進行に比例する。どう見ても捜査と関係のない所に力が入っている。 「この辺はたまに来るが耕造の行ってた店は知らんな・・・。」 「・・・まぁ、スナックというより居酒屋タイプですしねボスは。」 「大きなお世話だ。」 ヤスは背広のポケットから住宅地図を取り出し確認した。 「この辺の筈なんですが・・・。」 「おい、ヤス!あそこだ。」 地図から視線を上げボスの指し示す建物を見る。 『新劇シルバー』 大きな看板に見合う派手な装飾や奇抜な照明が目に眩しい。町の一角を占めるその建物からは何やら妖しげな音楽も聞こえてくる。入り口から出入りするのは中年の男性が殆どだが時折老人やギリギリ義務教育が済んでるのか判らない若者やらまで顔を覗かせていた。 地図を再び確認するとそこはこの辺でも有名なストリップ劇場――― 一瞬、あっけにとられ言葉が出てこない。 「・・・関係ないでしょうそこは!!」 我に返って力一杯の否定をするが期待に輝く上司の目を逸らせるにはいささか動揺しすぎた。 「関係ない事あるか!!お前も男なら興味ない事ないだろ!」 「それこそ大きなお世話です。僕の興味なんてボスに関係ないでしょうっ!!」 「何を言う!部下の健全な育成と成長を願ってだな、新たな知識を・・・って、おいこら聞けよ!」 ヤスは無視を決め込み丁度向かって歩いてきた通行人に店の所在を尋ねた。 「すみません、この辺で『ぱる』というお店をご存知ないですか?」 「へぇ、『ぱる』ならそこでっせ。」 聞かれた通行人は3件ほど斜め向こうの店を指差した。丁度開店時間際だったのか主人が看板を持って出てくる。 ヤスはほっと一息つくと通行人に礼を言ってボスの方に振り返った。 「ボス、やっぱりこの辺で良かったみたいです。見つかりましたよ。」 振り返れば未だ劇場の看板を眺めている上司の姿がある。 「ここの看板嬢は『夕日おこい』か。聞かんなぁ。」 立ち眩みを起こしそうな錯覚に捕われながらヤスはボスのコートをつかみ引っぱる。 「踊り子さんの名前把握してるような刑事なんて嫌ですよ。仕事しましょう仕事!」 「気になるくせに。刑事だって男だろー?何なら仕事の後でさ。」 コツコツと看板を叩いてみせると遠くで糸の切れるような音が聞こえたような気がボスはした。 「入れなくて僻んでるように見られるからいい加減諦めてください!!」 「・・・はいはい。」 『ぱる』店内は品のある落ち着いた雰囲気でカウンター越しの棚にはかなりの種類の洋酒が並べられている。静かに酒を味わうにはうってつけの場所だろう。開店時間直後の所為か店内にはマスターが一人、グラスの手入れをしていた。 「いらっしゃいませ。」 「いえ、ちょっとお伺いしたい事がありまして。」 二人を迎えたマスターは警察手帳を見ると訝しげな表情をしたが事情を聞くと快く応対した。 「山川耕造・・・ウチのお客さんですか?うーん、ちょっと判りませんねぇ。常連さんならともかく・・・顔を見れば判るかもしれませんが。」 「ヤス。」 「この人です。」 山川邸で押収した被害者本人の写真を見せる。写真を見るなりマスターは声を上げて驚いた。 「あ!この人!!いつだったかここで河村さんと大喧嘩してた人ですよ。この人が殺されたんですか?へぇ・・・・。」 「・・・河村?」 感慨深く写真を眺めているマスターにボスは聞き返した。 「ええ、ここの常連さんなんですけどね。ちょっと遊び人風の・・・でも、そう言えばここ最近きてませんね。」 「喧嘩の原因は?」 「さぁ。この人がイキナリ店に入ってきて河村さんに食ってかかったのは覚えてるんですがこっちも慌ててしまいましてね、詳しい内容はちょっと。まぁ殴り合いとかそういうのは無かったんですけど。」 首をひねりながら応答する二人にヤスが割って入る。 「・・・住所などはご存知ないんですか?」 何ともない問いだった。 二人の視線がヤスに向けられる。ヤスはマスターを見つめている。 それも特に何ともない仕草だったがいつもより若干力みがあるようにボスには感じた。眼光の鋭さにマスターも同じように思う所があったのか気圧されながらもまた首をひねる。 「うーん、この辺に用事があるとかで週に2・3回は来て下さってたんですけどね。色々飛び回ってる様で住んでる場所はまったく。ひょっとしたら誰か知り合いの方とかいらっしゃるんかも知れませんね。」 「あまり一般市民様に恐い顔はするなよヤス?」 横で呆れ顔で笑われてヤスははたと顔に手をあてた。 「・・・恐い・・・ですか。」 「ああ。俺が始末書書かずにばっくれた時と同じくらい。」 「それは当り前です。」 すかさず言い返す。呆れた顔はいつものヤスの表情だ。 「・・・・あの?」 蚊帳の外に放り出されそうな気配を感じてマスターは二人の刑事に問い掛けた。 「あ、いや、どうもすみませんね。営業中にお邪魔してしまって。今日はこの辺で引き上げさせて頂きます。またお伺いする事もあるかもしれませんが。あ、それはそうと。」 「はい、何でしょう?」 「“夕日おこい“ってご存知ですか?」 「あぁ、おこいちゃん?そこの劇場の踊り子でしょ?それが何か。」 「いや、どんな感じなのかなぁと気になりまして。」 「あー、看板嬢ですからねぇ。綺麗な子ですし。彼女の踊りは天下一品ですよ。何、刑事さんでも気になるんですか?」 職種や立場は違っても所詮は同じ男同士である。事その手の話になると会話が弾む。 「そりゃ、もちろん。マスターも行った事あ・・・うわっ!!」 右腕を思い切り引っ張られ椅子から落ちそうになる。何とか姿勢を立て直すもそのまま出口まで無理矢理部下に引きずられる。 「帰りますよボス!!どうも!失礼しましたっ!!」 「おいこら、まだ話は終わって無いぞ!」 「帰 る ん で す ボ ス !!」 「どっちが上司なんだか・・・。」 騒然と店を出て行く二人の姿をマスターはただ呆然と見送った。 店を出た後近場の喫茶店でマスターから聞いた内容を纏める。 書類上でしか浮かんでこなかった人物の具体的な情報が入ってきただけでも収穫だった。 「河村か。確か例の地下室で見つけた借用書に名前があったな。」 「ええ。」 「こいつからも話を聞いてみたいが平田と同じく連絡のつけ様が無いときてる。どう思う?」 「・・・さぁ。河村という名前だけでは何とも。」 答えるヤスの返事は以外に素っ気無くボスは向かい側に座る部下の顔を下から覗き込んだ。 「何だ、ちょっとふざけただけでそんなに怒る事ないだろ?」 「別に怒ってませんよ。」 「そうか?」 「怒ってませんって。」 ヤスはわざとらしくおどけながら苦笑を返す。ボスは頷くと椅子の背にもたれかかり両手を組んだ。 「まぁ、聞き込みするにはちょっと情報不足だな。・・・そう言えばこいつのフルネーム聞き損ねた。」 「・・・あ。すみません・・・。」 言われて初めて気がついた様に顔を赤らめた。卑猥な話が展開されそうな気配がして無理矢理話を断ち切った手前、文句を言われても仕方が無い。ボスは気にするな、と手を振って続ける。 「別にお前だけが悪い訳じゃない。俺もうっかりしてた。二人して踊り子嬢に心奪われて頭回ってなかったよな。」 「一緒にしないで下さいよ!!」 「ほら、やっぱり怒ってるじゃねぇか!」 「当り前です!!!」 フォローしてるのかからかってるのか判らない。知らずお互い大きな声になっていたのか周囲の視線がこちらに集中した。小さく咳払いをして小声で話す。 「で、今日のところはどうします?」 朝から随分バタバタしたがもう既にいい時間だった。 「このまま直帰するかぁ・・・。」 「じゃ、署に連絡入れてきます。」 ヤスが立ち上がり傍の公衆電話に向かう。ぼんやりとグラスの中で溶ける氷を見つめていると忙しなげにヤスが駆け戻ってきた。 「ボス!署の方に平田由貴子から連絡が入って、父親の上着からメモが見つかったそうです。」 「住所か?」 「いえ、書かれてるのは数字だけだそうです。177−2493。電話番号の様でしたので一応先に電話はかけてみたんですが繋がりませんでした。」 「・・・じゃ、明日だな。」 「いいんですか?」 「気にならないと言えば嘘だがな。神戸市内ならともかく今から京都はちょっと無理だ。」 「・・・え?」 気だるげにボリボリと頭をかく上司を見下ろす。 「京都に行くって言ってたんだから京都の番号だろ?おそらく。」 ウェイトレスがグラスに水を注しにきた。 少し残っていたコーヒーを飲み干して空になったカップを下げてもらう。それを横目にヤスは小さく笑った。 「・・・そうですね・・・何と言うか・・・その、やっぱりボスですねぇ。」 「何だそれは。」 しみじみと言う部下を一瞥してボスは机に置かれたレシートを取り立ち上がった。 「誉めてるんですよ。」 そう言うヤスは嬉しそうにまた笑った。 居酒屋やバーが建ち並ぶ賑やかな通りを歩いて帰る。 「せっかくだから引っ掛けて帰ろうや。近くに焼き鳥の美味い店があるんだ。」 「言うと思いました。それくらいならお付き合いしますよ。もっとも、明日京都に行くならそんなに遅くまで飲んじゃ駄目ですよ。」 「あーあー。本当、配属したての頃はこんなに口五月蝿くなかったのになぁ。」 「ぼやかない。ところでやっぱり割り勘ですか?」 「当り前だ。」 それから梯子を何件か繰り返し終電を乗り逃してしまい結局、署の仮眠室の世話になったのはまた別の話である。 |